1990年代、私はニューヨークにいました。
パーソンズ・スクール・オブ・デザインでデザインの深淵に触れながら、生活の拠点にしていたのはアルファベットシティー。
当時のそこは、まだ危うい活気と剥き出しの表現が路地裏にまで溢れている場所でした。
地下鉄の駅に降りると、かつてキース・ヘリングがチョークで刻んだ「サブウェイ・ドローイング」の精神が、街のグラフィティとして息づいていました。
それは単なる落書きではなく、エリート主義のアート界に対する強烈なカウンターであり、ストリートの言語による知的な武装だったと思います。
耳にはいつもニューウェーブの乾いたビートが流れ、その少し冷徹でポップな前衛性は、NYの空気に驚くほど馴染んでいました。
そんな頃、ロンドンから届いた「YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)」の衝撃は、今でも忘れることができません。
ダミアン・ハーストやトレイシー・エミンといった若手たちが、伝統的なギャラリー制度を嘲笑うかのように自ら倉庫を借りて展覧会を開き、ホルマリン漬けの動物や散らかったベッドを「芸術」として突きつけてきました。
そのDIY精神とショック・バリューは、パーソンズで既存のデザインの枠組みを学んでいた私にとって、最高の劇薬でした。
彼らの反逆は、アルファベットシティーの路地裏で感じた、何者にも媚びないストリートの熱量とどこかで共鳴していたのです。
当時の私の日常は、動と静の極端な往復の中にありました。
夜になればニューウェーブに身を任せてライブハウスやクラブに入り浸り、一方で、真夏の殺人的な暑さに包まれる昼間は、美大生の特権である学生証が魔法のチケットになりました。
それを見せれば、どんな美術館も無料で迎え入れてくれます。
ひんやりとした展示室は私にとって最高の「涼みのオアシス」であり、静かに作品と向き合う時間は、ストリートの喧騒で火照った頭を冷やし、新たなインスピレーションを注ぎ込んでくれる儀式のようなものでした。
今、国立新美術館で開催される「YBA Beyond」展の情報を目にして、あの頃の記憶が鮮烈に蘇ってきます。
なぜ私はあんなにも、彼らの「叫び」に惹かれたのか。
それは、彼らがアートを特権階級の椅子から引きずり下ろし、ファッションや音楽、そして私たちがライブハウスやオアシスとしての美術館で感じていた「生の現実」へと接続してくれたからだと思います。
あの90年代のNYで、ニューウェーブを聴きながら歩いた日々。
私たちが信じたカウンターカルチャーは、単なる流行ではなく、世界に対する自分たちの「立ち位置」の表明でした。
国立新美術館の白亜の空間で、私はかつての自分に再会したいと思っています。
アルファベットシティーの埃っぽい風と、地下鉄の車窓から見えたヘリングの影。
そして、大西洋を越えて届いたYBAの不敵な笑い声。
それらが今の自分の中にどう息づいているのか。
たとえ会場へ足を運ぶことが難しくても、あの時感じた「反逆の精神」は消えることがありません。
それを確かめることは、きっと私にとって、未来をデザインするための不可欠な儀式なのだと思っています。
TMT代表 佐藤
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▼YBA&BEYOND テート美術館|世界を変えた90s英国アート
https://www.ybabeyond.jp/