東北を旅すると、L字型の大きな茅葺き屋根の古民家に出会うことがあります。
「曲り家(まがりや)」と呼ばれるこの家には、人と馬がひとつ屋根の下で暮らしていました。
▼盛岡手づくり村『南部曲り家』
https://tezukurimura.com/about/nanbu_magariya/
曲り家が生まれた背景には、東北の厳しい冬があります。
馬は農耕や物資の運搬に欠かせない存在であり、吹雪の夜も屋外に出ることなく世話ができる一体型の住まいは、人にとっても馬にとっても命綱だったのです。

土間のかまどで焚かれた煙は、わざわざ馬屋の上を通り抜けてから外へ出る構造になっており、馬を寒さから守る仕組みも備わっていました。

実はこの「曲り家」、広く知られる岩手の南部曲り家だけではありません!
秋田・山形・福島(会津)・新潟などの豪雪地帯には「中門造(ちゅうもんづくり)」と呼ばれる家が広く分布していました。
▼秋田県羽後町の観光情報webサイト『羽後町に多い「中門造り」は「南部曲り家」とどう違う…?』2021/8/22
https://ugomachi.jp/tyumondukuri/
岩手の曲り家の馬屋は、農耕用だけでなく軍用馬としての幕府への召し上げも見据えていたため大きく、L字の短辺全体を占めています。
入口は谷側(屋根と屋根が合わさった内側の辺)にあります。
これに対して中門造は、あくまでも農耕用の馬1〜2頭を想定した、やや小ぶりな形が多くなっています。
雪の多い地域では、谷側に入口を設けると雪が詰まって出られなくなるため、突き出た妻側(三角屋根の三角側側面)に入口を設けました。
囲炉裏に座る家長の真正面に、馬の顔が見える。
そんな間取りが、かつての農家には当たり前だったのです。